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子育てのスタートは韓国でした。
そのため外に出れば「韓国語」の環境。
家の中では、
☑️私から子供へのは必ず日本語。
☑️家の中でTVを見るときもなるべく日本語のもの。
☑️日本に帰る度に絵本を持ち帰えり、日本語の絵本の読み聞かせ。
を徹底していた乳幼児期。
韓国語環境の中でも、問題なく「日本語」の発話は始まりました。
一方、夫の母国語、近所に住む義理の両親との会話のツールの「韓国語」がなかなか出てこない。
私は、そういうことはあるだろうと想定内でしたし、
幼稚園またはオリニチブ(保育園)に通い始め、
子供同士のつながりができれば
韓国語優勢になるだろうと当時から思っていました。
ですが、初孫を楽しみにしていた、
当時のシオモニ(義理の母)にはなかなか理解してもらえない部分でした。
韓国のシオモニの世代の方々は、モイム(集まり)が大好き。
そこで、各家庭の息子、孫、嫁の話をたくさんしますよね。
「どの子家庭の何ヶ月の家庭の子は・・・」
「韓国語をもっとやらせた方がいい・・・」
などなど
シオモニの意見に加えて、
お友達からの意見も乗せて色々アドバイスをくださるのです。
今の私であれば、
「アドバイスありがとうございます!」
「色々考えてくださりありがとうございます!」
家族として受け入れてくれて、色々真剣に考えてくださって嬉しいなぁ!
と受け入れることができますが・・・
当時の子育て限界界隈だった私▼▼▼
韓国語バイリンガル育児のスタート|幼少期
には素直に受け入れることができませんでした。
当時の私は、
本当に毎日寝不足、
右も左もわからない初めての育児。
言葉がわからないストレス。
言葉ができないから、
いい年なのにひとりの大人として認められてないような感覚。
一生懸命調べながら手探りで
生きている毎日。
私たちのことを考えてくれているからこその言葉。
今考えると本当に、なんでもないことなんです。
シオモニがそう思うのも当然です。
でも、当時は、そういう言葉を聞くのが本当に辛かった。
夫にたくさん愚痴を言いました。
夫は、両親と妻の間に立ち、
夫は夫なりにとても悩んでいたようです。
そして、ある日。
彼は私に内緒で、相談費まで払い、
カウンセリングにまで行ってきたそうです。
そこで、先生に言われたことは、
「両親も大事な家族だけど、
今のあなたの家族は、奥さんとお子さんですよ。
1番守らなければならないのは、
今の家族
奥さんとお子さんではないですか?」
だったそう。
そこから、夫も吹っ切れ、
全力で何も言わずに120%私の味方で話を聞いてくれるようになりました。
韓国語があまりできない私に代わり、私の意見を代弁してくれました。
そんなこともあり、
徐々に義理の両親の理解も得られるようになりました。
相変わらず、韓国語が遅い我が子。
私は、幼稚園に行く年までは、
家でしっかり日本語を教えながら過ごしていきたいと考えていました。
韓国語ができなくても、社交性だけはある第一子。
2歳頃から公園に併設されているオリニチブに入りたがる。
それを見て「オリ二チブも考えても良いのかも・・・」
という気持ちになりました。
韓国には外国人支援センターが
各市町村に充実しています。
私もそこの日本人集まりに行ったりしていた頃。
韓国語教室にも通いたいと思っていた頃でした。
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最近Threadsなどで
韓国での乳幼児期の子育てで悩んでいる方
日本に帰りたいという方
の投稿をよく見ますが、
本当に伝えたい。
私もそういうことあったから!
みんな大丈夫だよ!
誰かに話聞いてもらって、
元気出してね!
って。

